毒親育ちのブログ

毒親に関するネタやエピソード、考察のブログです

自分がモノ扱いされることの気持ち悪さ

私は幼い頃からずーっと、毒母に対してある種の気持ち悪さを感じていました。

なぜか毒母の言動が気持ち悪くてたまらなかったんですよね。

ただ、幼い頃はその理由を言語化できなかったので、理由をはっきり説明するのは無理だったでしょうね。

説明はできないものの、母の私への言動すべてに嫌悪感を抱いていました。

なぜこんなに母を気持ちが悪いと思うのか?

成長するにつれ少しずつ理由がわかっていき、あるとき理由をはっきりと理解しました。

モノ扱いされている

母からモノ扱いされていたことが、気持ち悪さの一番の原因ですね。

母は私のことを、自動成長する人形とでも思っていたのだと思います。

子供の感情や気持ちを一切無視する様は、とても母が私を生きた人間と認識しているようには思えなかったんですね。

普通は感情を持った人間に対して、最低限、相手が嫌な思いをしないように関わろうとするじゃないですか?

母は人があたりまえにできるようなことが、びっくりするくらいできないんですよね。

私のことを、心や感情のないNPCのような感覚で見ていたんじゃないかと思います。

ちょっとした言動にも表れるモノ扱い

私は、母の日ごろの言動にさえ嫌悪感を感じていました。

おそらく1つひとつの言動に、母が私をモノ扱いしていることが表れていたからだと思います。

たとえば、私が話しかけてもウザそうに生返事したり、平然と無視できるところ。

かと思うと、まるでコスプレ人形のように、私がどれだけ嫌がっても力づくで押さえつけ、男の子のような髪型をさせていたところ(私は女です)。

私の写真はよく撮っていたのに、私の話は絶対に聞いてくれなかったこと。

私の写真を見ることはあっても、私の内面には少しも興味を示さなかったこと。

これらはすべて、母が私を人間としてでなくモノとして見ているからにすぎません。

これらの母の行動1つが、私にはものすごく気持ちが悪かったのです。

言語化はできなくても、母がどういう気持ちでこういうことをやっていたのか、敏感に感じ取っていました。

そこには愛情なんて1つもなく、あったのは母のエゴだけでした。

物質的にさえ愛していない

それでは、母は私のことをせめて物質的に愛していたのだろうか?と考えると、そういうわけでもないんですよね。

母は私に対して平気で暴力を振るってきましたし、 私が自傷行為を行っても無視していました。

なので、母はいったいどういう立ち位置で私をモノ扱いして喜んでいたんだろう?と疑問に思います。

幼い子供が人形で遊ぶような感覚なんでしょうか?

自分という人間を無視される感覚

母に対しては、いつも自分という人間を無視されている感覚を持っていました。

たとえ私が人格解離を患って、中身が今とはまったくの別人になっても、母は絶対に気づかないだろうという自信があります。

今まで、たったの一度も私という人間を見てくれたことがありませんから。

外側さえ私を保っていたら、中身がどんな人格になろうと母は気づかないのです。

母は私の性格すら知らないし、卒業した大学も知らないし、何ひとつ知りません。

大切にしている(と母は思い込んでいる)のは、モノとしての私の外側だけ。

自分を無視されている感覚が常にあったため、子供の頃はものすごくみじめでしたね。

 

私には、性的虐待の被害者の気持ちが少しわかる気がします。

加害者は被害者の肉体にしか興味がなく、被害者の内面にはほんの少しも興味がなかったわけでしょ。

興味があるのは体だけなので、どれだけ被害者の心が傷つこうがどうでもいい。

まるで毒母そっくりではありませんか。

母は、一度も私という人間と向き合ったことがなく、常に私を力づくでコントロールする対象として見ていました。